随処に主となれば立処みな真なり


私の住んでいる京都もだいぶ暖かくなってきて、数日前より車ではクーラーを

使っております。

皆様はいかがお過ごしでしょうか?

このように気温が上がってくると助かるのが、四十、五十肩の方々です。
冬場は肩がうずいて寝られない夜を過ごされてた方も少しは楽におやすみできる
ようになられたのではないでしょうか?チョキ

さて 急な話しですが

「随処に主となれば立処みな真なり」という言葉があります。
臨済宗の開祖である臨済義玄のお言葉なのですが、松原 泰道さんの解説では、
「自分がやる気になってするなら、いつでもどこでも、どんなことをするにしても、
どんなところにあっても、そこには真理というものが微笑んでくれます。
そこがすなわちお浄土であり、
特別にお浄土を求めなくでも、今自分がしなければならないことを、いやいやせずに、
やる気になって行くならばそこがお浄土です。
生き甲斐は、どこにあるかと探さなくても、自分がやる気になって事をやって行けば、
もうそこには生き甲斐というものが向こうからやってきます。
自分が求めなくても向こう側から生き甲斐がやってくるのです。
人生には雑用というものはありません。いやいや仕事をすると、どんな仕事でも雑用になって
しまします。
いやいや仕事をすると、皮膚のつやが消えていくような気がします。目の光もだんだん鈍ってくる
ように思います。やる気になってやると、皮膚がつやつやしてきて、目も輝いてきます」
というふうに解説されておられます。

私は自営業ということもあり、雑用などと思うことはあまりないのですが、

様々な理由により時々気力をなくす事があります。
そういった時は、回りのものすべてが霞んだり、淀んだように見えたり、魅力なく見えます。
そんな時は自分の心が霞んでたり、淀んでたり、鏡で見た自分の顔も覇気などありません。
回りから見ても魅力なく見えているのだと思います。しょぼん


人生一足飛びに進むことなんかは、期待してもありえません。
目の前のことを一つ一つ前向きに取り組んでいくしかないようですね。
v(^-^)v


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